繰り言 (くりごと)

2-289) 本村洋君の3300日

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新潮文庫:514円

本文抜粋 「プロローグ」より

青年は、こぶしを握りしめて震えていた。
視線は一点に注がれ、そこから動かない。テーブルの上にあるコップを見ているのか。それともその中にある水を凝視しているのか……。いや、どちらでもない。
彼の視界には、何も入っていない。彼は、空(くう)を見ている。そう思えた。
大きく息を吐いて、その青年は、こう言った。
「僕は……、僕は、絶対に殺します」
不気味に迫力のある声だった。押し殺しているだけに、それは余計凄みを感じさせた。
その瞬間、店の中の客が、何人かぎょっとして私たちの方を振り向いた。
一九九九年八月十一日、北九州市・小倉北区の薄暗い喫茶店で、私と青年は向かい合っていた。
紺色のTシャツに縁なしのメガネをかけ、スポーツ刈りよりも短く切りそろえた髪。
本来は優しくて愛嬌のある目が、これ以上はないほどの憎しみに震えていた。
どうにもならないこの感情をどうすればいいのか。その目は、怒りと憎悪の行き場が見つからない苛立ちと、もどかしさに支配されていた。
まだ二十三歳で、学生の雰囲気を残している青年の名は、本村洋。のちに、日本の司法を大変革させていくことになる人物である。
(中略)




それから九年。
一審の山口地裁、二審の広島高裁とも無期懲役。だが、最高裁での差し戻し判決。
その末に青年は、ふたたび広島高裁での差し戻し控訴審に臨んだ。
何度も挫折を繰り返し、司法の厚い壁に跳ね返され、絶望の淵に立ちながらも、青年はこの日、ついに犯人の「死刑判決」を勝ち取った。
人は、これを九年にわたる青年の「孤高の闘い」だったという。巨大弁護団を一人で敵にまわして、今は亡き妻と娘のために、若者が愛と信念の闘いを最後まで貫いた――と。
だが、その裏には、この九年間、青年を支えつづけた、これまた信念の人たちがいた。
闘いに破れ、自殺をも考えたこの青年を、その度に「闘いの場」に引き戻し、正義の力を説きつづけた人たちがいた。
これは、妻と娘を殺された一人の青年の軌跡と、その青年を支え、励まし、最後まで日本人としての毅然たる姿勢を貫かせ、応援しつづけた人たちの物語である。

Commented at 2010-09-22 21:14 x
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by ikuohasegawa | 2010-09-18 04:44 | 繰り言 (くりごと) | Comments(1)

十や十五連休なんて目ではない。三百六十五連休が始まった私。


by ikuohasegawa