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739) 挫折の痕

志し半ばにして方針転換しなくてはならぬということは、自分の来し方を省みても幾度かあった。生きていく上で方針転換はあっても当然だと思うしそれが正しい場合の方が多いと思う。

方針転換は明るく、すんなり、できてしまえばさほど問題は無い。が、こっそり隠して方針転換を試み、心中にモヤモヤした物を残したまま転換した時などは『挫折』と呼ばれる状態になり心に深い傷を残してしまう事もある。

こう見えても私は結構、繊細(?)な感性を持ち合わせていたので幾つかの『挫折』を経験している。ナイーブな青年だった訳で、それは今思い出しても苦い。転換した痕が残っていると思わぬ時に思わぬ事を思い出すし、言われる可能性がある。

今ですか?最近は挫折しないなー。どうも、挫折したと思う前にそれが薄らいでいき、忘れてしまう様な気がする。早めの自動リセット。これはこれで便利で良いと思う。

布引観音は懸造りで崖に柱を建てて観音堂を建立している。付随する御堂も柱を建てるか崖をくり貫かねば建てられない。で、岩を刻み始めたが、途中で方針転換している。鎌倉時代(1258年頃))の話で証拠の痕がある。
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妙に屋根が薄い。違う角度の掘り痕がある。

「岩を掘るのは結構大変。方針転換。屋根の勾配を緩やかにして少し小さめにするから岩はココまで掘れ。痕は残るがしょうがない。だから、屋根が極端に薄っぺらいのよ」
コノ決断を下した人が『挫折感』を味わったかどうかは分からないが、痕を残すと思わぬ時に思わぬ事を言われるでしょ。明るく、すんなり、『挫折堂』と命名すべきであった。

またもや余計なお世話でした。
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by ikuohasegawa | 2009-03-23 06:11 | 散歩・お出かけ | Comments(0)
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