「けりがつく」というのは、困難な問題に悩まされた末になんとか解決すること。自分で努力して決着させる場合は「けりをつける」と言う。
「最低でも県外」という鳩発言で一層混迷した沖縄基地問題がやっと解決したときなどに使う。現状は「すったもんだのあげく、けりがついていない」 普通の推移で終わっ時には使わない。したがって「結婚式でけりがついた」などと言った場合は、式前には様々な人間模様というか、二股愛憎劇を繰り広げ、それを乗り越えての挙式だということだ。 その「けり」は漢字では 鳧 と書くそうだ。梟(ふくろう)に似ていると思ったら、この漢字は鳥の名前だった。 ![]() 「けりをつける」の語源としては、俳句や短歌には「・・・けり」と終わるものが多いことから、結末を迎えたという意味で、「けりをつける」「けりがつく」と言うようになったそうだ。 俳句では、「けり」は感動や詠嘆を表し、切れ字と言われている。 瀧落ちて群青世界とゞろけり 水原秋桜子 蛤を逃がせば舌を出しにけり 高浜虚子 「かな」だって切れ字だし、歳時記を開くと幾つもある。 囀り(さえずり)をこぼさじと抱く大樹かな 星野立子 夏山の立ちはだかれる軒端かな 安富風生 だとすると「けりをつける」というのは 「かなをつける」「かながつく」になった可能性だってあったわけだ。
役者や芸人の業界では、朝昼夜を問わず深夜でも出勤の挨拶は「おはようございます」と言うようだ。一般人の感覚では午後以降に「おはようございます」なんていう挨拶はありえないが、じつはこれ業界人が通ぶって使っているのではなく、江戸時代から続いてきたそれなりに根拠と歴史のある習慣なのだという説がある。
江戸時代の歌舞伎興行は夜の一回公演というのが普通だから、当然役者どうしが顔をあわせるのも夜ということになる。その時の挨拶が「こんばんわ」だと、これから大仕事が始まるというときに意気が上がらない。 ![]() そこで、たとえ夜であってもこれから仕事が始まる役者にとっては朝と同じ。それならばと、挨拶も「おはようございます」になった。それがそのまま、現代の芸能界に持ち込まれているというのだ。それに偉い先輩が「おはよー」と部屋に入ってくるのは普通だけど、「こんにちは」とか「こんばんは」というのは、訪問客みたいで変な感じもする。 更にこれを補強する見解をS原さんから聞いた。挨拶を丁寧に返すことができるというのが、今日まで続いている理由なのだそうだ。 先輩に「おはよう」と言われれば「おはようございます」と挨拶を返すことが出来る。しかし、「こんにちは」「こんばんは」にはそれが出来ない。「こんにちはでございます」「こんばんはでございます」なんて言おうものなら「ふざけるんじゃない!」 業界で朝昼夜を問わず、深夜でも「おはよう」「おはようございます」と言う一番大きい理由は、丁寧語で挨拶を返すことができるということなのだ。 それが証拠に、先輩後輩にうるさいというか、上下関係に厳しいと言うか、上が偉そうと言うか、そういう方面で時間差勤務がある職場にだけ残っている。それと芸能界を真似するアホな職場。
〝やぶさかでない〟という言葉がある。
〝やぶさか〟を無いと否定しているのだから、存在するのだろうが〝やぶさか〟という言葉は全く聞かない。 「やぶさかである」と言うと、険しい道の話で、藪や坂に聞こえてしまう。 しかし、やぶさかは〝吝か〟と書き、吝嗇(りんしょく)という熟語もあるように、物おしみをする、しわい、けちといった人格否定的な意味で存在している。 ![]() その否定的なニュアンスを「~でない」と否定しているわけだから、肯定的な意味になり、物おしみしない、快くするという意味になる。 つまり「協力するに吝かでない」 と言えば“協力をおしまない=快く協力する”ということになる。 しかし、日常会話ではほとんど使わない。 「お茶を入れてくれ」「はい、やぶさかではありません」「やぶさかの茶?藪北茶は無いのか」 「ハイキングに行きませんか」「やぶさかではない」「道は平坦ですよ」「?」 注文の度に一々「喜んで」という小うるさい居酒屋があることを思い出した。「ビール2本」「やぶさかではありません」とは言わないなー。 支払いで揉めても「やぶさか」とは言われない。 ことほど左様に、日常生活ではほとんど死語。もっぱら政治家用語のようになっている。 協力をおしまない=積極的に協力する気があるなら、素直に「喜んで協力する」と言えばよいのに、わざわざ「協力するに吝かではない」と答弁する。 その心は、素直な賛意ではないことを込めているのだと思う。自ら口火を切った決意の表明なら「協力するに吝かではない」などと言わない。 指摘されたり追及された後の答弁になると、素直に「喜んで協力する」と口に出来なくて、拒否しているかのように聞こえる「協力するに吝かではない」という文言を選んでしまうのだろう。 渋面の政治家が「協力するに吝かではない」と答弁するのを聞くたびに、〝嫌々だけど協力する〟という意味だと誤解する人が増えてしまうわぬかと心配している。
我が国でボーナスといえば、夏期・年末などに定期または臨時に支給される一時金をさす。しかし、本来、標準以上の成果をあげた場合に支払われる賃金の割増し分のこと。欧米でいうボーナスとはこの割増し分のことである。
最近、ボーナス(bonus)と対を為す、オーナス(onus)という言葉を知った。 オーナス(onus)で検索してみると、ほとんどが〝人口〟がらみである。 言葉としては存在していたのだろうが、目に付くようになったのは明らかに〝人口オーナス〟としてである。私が知ったのも将に人口オーナスであった。 「人口オーナス」とは、国の人口に占める老年(65歳以上)の割合が増し、生産年齢(15~64歳)の割合が減少している状態を指す。内需が縮小し、年金などの財政支出が膨らみ、現役世代にとっては負担(オーナス)がふえることを意味する。 日本の人口ボーナス期は、1950~70年代だという。 私は1947年生まれだから、15歳の生産年齢に達したのは1962年。そこから人口ボーナス期が終わる1970年までの、8年間だけがボーナスだったことになる。実際には15歳から働いていないから、人生の全てが負担(オーナス)だということになってしまう。 私の存在がオーナスだといわれても困る。急に「お前は負担だ」と言われてもなー。加えて60歳で生産年齢人口から脱出してしまっている。 しかし、いきなり15歳の子が誕生することがないように、65歳になっても消滅する訳にはいかない。 総務省統計局の人口推計によると、ことし7月1日現在、日本の総人口は1億2742万人で、昨年同月に比べ13万人減少した。内訳は、年少人口(0~14歳)は△12万7000人<、生産年齢人口は△58万6000人に対し、高齢人口は+65万人と、人口オーナス現象が確実に進んでいることを裏付けている。 それをある程度コントロールするのが政治だろう。現に人口構成を改善している国だってあるのだから。 成りゆきでいくと2055年の人口ピラミッドはこうなると予測されている。 ![]() もはやピラミッドとはいえない形だし、若い方がつぶれそうで負担(オーナス)だということがよく分かる。 負担(オーナス)だと言われても生きていくが、2055年に生きていると私は107歳だから、もはやグラフの外なのだ。
孤は子偏(こどもへん)+音符の瓜と書く形声文字。
瓜は野菜のウリだけど、おどおどする意なのだそうだ。 ![]() 孤独、孤高など多数の熟語があるが、本来、孤は孤児を意味していたとある。 漢和辞典にはまだ採用されていないが、最近は、孤独な老人の意で〝孤老〟という使われ方をすることがある。本来は孤児の意だということを考えると、老いた孤児?と、?が浮かぶが、本人が老人でも親が身罷っておれば、孤児であるから間違っていない。 このところ、こんな切抜きが増えている。 ![]() 私は群れるより孤立を選ぶ等とうそぶいており、自らの事になるのはまだまだ先のことなので、とりあえずは地域への対応というか、世間一般のというか、地域の一員としての切り抜きである。 数日前、隣家のご婦人からChiが依頼された。 「数日間、検査入院をする。その間、用心の為新聞受けの新聞を抜いて欲しい」 あまり出会うことがなく、日々の挨拶程度のご近所さんである。 「抜くことは一向に構わないが、配達を止めることも出来ますから、専売店に電話しておきますよ」 そういえば、隣家も折々に孫を連れた子一家の来訪はあるが、〝普段孤老〟であった。
舌の役割といえば、「甘い」「苦い」「美味い」などの味を感じる味覚。それを感じ取るのは舌の表面の〝味蕾〟である。
みらい【味蕾】 牛タンを食べて美味いと感じるのは人の舌の〝味蕾〟だけど、牛が美味さを感じていた舌を食べるのだから、タンを食べて私の舌が美味いと感じるのは、当然のような気がする。 タンはともかく〝舌代〟というのを飲食店の価格表で見ることがある。 ![]() どういう意味なのだろう。 〝しただい〟と読むなら、料理の美味さや味で舌で感じるから、その料理の代金を舌代といったのだろう。 どうしても牛タンが出てきてしまうが、牛タン屋だと〝舌代〟はタンの代金のことだと思ってしまうが、そうすると他の部位でロースだと〝肩代〟とか書かねばならぬ。 よく分からないので、新明解のお世話になった。〝 した だい 〟では無く〝ぜつ だい〟であった。 ぜつだい 【舌代】 口上の代わりに書いた挨拶文。 舌に代わって文字で表すという意味だとすると、舌の持ち主である主人が来て挨拶すべきところを、書き物で代えるという事だから、次の用法が正しい事になる。 ![]() 価格表の〝舌代〟は、「主人が来て挨拶すべきところを書き物で代え、更にそれも略して申し訳ないが、お値段は・・・・」という感じだな。 また、代わりの人が口上を述べると、〝代舌〟といいそうな気がするが、そうは言わない。代打があるのだからあってもよさそうに思う。 この代打も、代打ちというと、代理で賭博等を行うことになってしまう。 それはさておき、舌には味覚以外にも「発音する」という重要な働きがあり、「舌先三寸」「舌の根も乾かぬうちに」「舌ったらず」などのように、口と同様に「言葉の代名詞」のように使われることがある。 英語のRとLの発音は舌の巻き具合が違うと教えられたが、私は上手くできなかった。友人の上手な発音を聞いて舌を巻いた。 どうして、舌を巻くと感心することになるのだろう。
〝地頭〟は、日本史受験生なら【じとう 地頭】と読んで、鎌倉幕府・荘園・管理支配職を思い浮かべるだろう。しかし、一頃流行ったサラリーマン向け自己啓発書の〝地頭〟は、『知識の有る無しではなく、持てる知識を組み合わせて解答を導き出す能力』であり、その能力を高めることを〝地頭を鍛える〟と説いていた。そして〝地頭〟は「ジアタマ」と読ませた。
とりあえず、新明解で【じあたま 地頭】を引くと、『かつらなどをかぶらない、そのままの髪の頭。』と載っている。地は〝地が出た〟と使うように、本来のという意味だろう。 そこへ〝地頭力〟とくれば、当然意味は『かつらなどをかぶらなくても、そのままの髪で頑張る頭の力』かと思ってしまう。 それはさておき、れっきとした【じとう 地頭】、【じあたま 地頭】という言葉があっても、現在ではそれ自体が使われる機会は少ない。 【じとう 地頭】は受験専用状態だし、【じあたま 地頭】は使うシーンを考えても余り浮かんでこない。 無理にひねり出すと、どうしてもこういうことになる。 精巧な高級カツラを話題にしての会話。 「彼は地頭(じあたま)かい?それともカツラかい?」 「そうか、カツラだとすると、彼はずいぶん奮発したねー」 それが、【じあたま 地頭】は『知識の有る無しではなく、持てる知識を組み合わせて解答を導き出す能力』だという。しかし〝地頭を鍛える〟で、私が最初に思い浮かべたのは、岡田副総理である。 ![]() この方は、【じあたま 地頭】を鍛えているような骨格をしておられる。いかにも頭突きは強そうだ。 しかし、彼はバレンタインチョコも送り返すというエピソードの持ち主なので、頭は硬い。原理原則で応用力はチョッとというタイプとみた。〝地頭力〟は鍛えていないような気がする。 ということは、本物の堅物ということになる。
「有難う。今回は〇〇さんのドクダンジョウだったね」
一人のメンバーがアレコレ頑張ってくれたお蔭で、行事が成功裏に終わった時に言いそうである。 漢字で書くと〝独断場〟では無く〝独壇場〟 さっきまで、そう思っていたけど、全く間違っていた。 正しくは壇 では無く 擅。 ![]() 独擅場と書くのが正しい。加えて、読むならドクセンジョウと読むのが正しいことを知った。 擅場という熟語はあっても独擅という熟語は無い。どうなっているのだろう。 独断という言葉もあるし、壇という漢字もある。そんなことから、いつの間にか独壇場が広まった。一人舞台などというと壇の方が納まりがよいからなー。 似たような展開なのが「ケンケンガクガク」 「カンカンガクガク」か「ケンケンガクガク」か 本見出しに独壇場を採用している辞書もあるようなので、「・・・・独壇場・・・・・」と言う人がいてもいても、誤りであるなどと指摘しないがよい。また覚えたからといって「彼のドクセンジョウである」なんて言わないがよい。 逆に「コンタミネーションしている」と言われるのが関の山だ。
どう考えても、どう工夫しても行き詰って、もうどうにも出来ない時に使う「にっちも さっちもいかない」
〝にっちもさっちも〟とは何だ。 そもそも 「にっち」とは「二進(にしん)」、 「さっち」とは「三進(さんしん)」の音が変化した語。インドには3桁の掛け算の九九があることを聞いて驚いたが、日本には割り算の九九があったのだ。 ![]() あるのだから、どんどん教えたら良い。 このところ、ゆとり教育を止める動きが出ているが、〝小学生がゆとりこいちゃってどうする〟とは思っていた。土曜日休みなんてサラリーマンじゃないのだから。その日に、割り算の九九覚えろ!ぐらいのものだ。 おじさんの時代も教わりはしなかったが、もう卒業しちゃって365連休だからもう手遅れである。 まてよ、〝行き詰って、どうにも出来ない時に使う「にっちも さっちもいかない」〟って書いたけど、おじさん同士の会話でも使うことは、ほとんど無い。 最近は、極限まで努力するとか、どうにもならない所まで突き詰めて生きるなんてことはないからなー。 そこそこで、折り合いをつけているから、いつでも 「にっちもさっちも いっちゃう」訳よ。 それでもこの間、なんかのはずみで口をついて出たので、忘れないように「にっちもさっちも ッてなんじゃい」と呟いておいたので、本日のネタになった。 「わっちもサッチモ です」 って言ってます。 ちなみに、サッチモはサッチェル・マウス(satchel mouth)の略で、「鞄のような大口」だそうです。
吉本隆明氏が亡くなった。
文学、思想、宗教を深く掘り下げ、戦後の思想に大きな影響を与え続けた評論家で詩人の吉本隆明(よしもと・たかあき)氏が16日午前2時13分、肺炎のため東京都文京区の日本医科大付属病院で死去した。87歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。 喪主は長女多子(さわこ、漫画家ハルノ宵子=よいこ)さん。次女は作家よしもとばななさん。 結果的に言うと、私にはそれほど大きな思想的影響を与えはしなかったが、よしもとばななさんの父君であること以上の存在ではあった。 訃報に接したとき「連帯を求めて孤立を恐れず」というフレーズを思い浮かべたが、氏の言葉ではなかった。 ![]() これは、1969年1月、東大の安田講堂に立てこもった全共闘の学生が壁に書き残して有名になったが、谷川雁氏の文章のようだ。 「連帯を求めて孤立を恐れず」・・・自分が正しいと思っていることを貫こうとすると、周囲から孤立してしまう。しかし、きっと自分と同じように考えている人達がいる。孤立していても、そういう人達と心がつながっているのだ。 というような気持らしい。 「孤立を恐れず」ということは、本当は孤立を恐れているのだ。恐れているから、こういう言葉で自らを鼓舞していたのだろう。 あの時代には結構流行ったし、私もご多分にもれずノートの端などに書いたりしていた。 正直言うと、当時、私は意味するところがよく分からなかった。 語順どおり意を探ると『連帯を求める余り強引な手法をとってしまい、孤立してしまうこともあるが孤立することを恐れてはいけない、孤立しても連帯を求めよ』 なんだか、自己矛盾的な標語になってしまう。それでも連帯・孤立という単語に共感?していたのだろう。 それはさておき、最近は「孤立を求めて連帯を恐れる」である。 連帯なんて面倒くさい。家族以外とはずーっと孤立していて、時々顔合わせるくらいが丁度良いと思う。群れるのは時々でよい。まして先頭に立って音頭を取るなんてことはお断りだ。 荷物なんぞは何も無いという簡素な生活に憧れながらも、日々、物は増えていく。だから、せめて人間関係だけでも簡素?でありたいと思うのよ。 あまり深読みしないでいただきたい。人間関係と言ったって、付き合いのことだから。 < 前のページ次のページ >
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このブログは、その日その日の私記録であり友人への報告のつもりで記しております。湧き出る雑念を整理し、あるいは蓄積するガスを時折放出しているだけのことです。 世に論を立てるつもりも議論をする気持ちも全くありませんので、違和感をお感じのおりも笑って看過していただきたい。 海外邦人宣教者 活動援助会口座 三菱東京UFJ銀行 都立大学駅前支店 (普)4657758 援助後援会代表 兄部純子(コウベスミコ) ゆうちょ銀行 記号10250 番号67582071 海外邦人宣教者活動援助後援会 代表 兄部純子(コウベスミコ) 住所は 〒257-0005 秦野市上大根1010 聖マリア修道女会 シスター兄部純子(コウベスミコ) 櫻井よしこ http://yoshiko-sakurai.jp/ お気に入りブログ
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