<< 2-341) お福分け 2-339) 工事開始 >>

2ー340) 次は誰

まるで ♪ 法務大臣は気楽な家業ときたもんだ ♪
とでも言うような発言をして、まもなく辞任するであろう(20日4時30分現在)柳田大臣。「個人の資質の問題」と切り捨てられることになる。
d0092767_20362881.jpg

過去の自民党議員諸氏の失言も身内の集まりでつい口が滑ったとか、受け狙いの度が過ぎてのことが殆どだから、柳田大臣『お前もか』『またか』という程度のことでそれほど驚きはしない。ただただ呆れるだけである。

そういえば、彼の名前には覚えがある。
資産公開の時にはこんなことを言っていた。
「個人的にここまでやる必要があるのかと疑問に思っている。特に家族の分まで出す必要があるのか」
どうやら、法相の資質は無かったが失言体質は十分あった訳だ。

もう一人の暴言居士。影の総理・仙石官房長官の今度の失言は「自衛隊は暴力装置」
こちらは、つい本音が出てしまったという事だろう。

さあ、次の失言、撤回、陳謝は誰の番か。
と言っても、まあ、党のマニフェストも失言の集大成みたいなものでドンドン撤回しているのだから、個人だけを攻めるわけにはいかないけど。



Wikipediaによると
学生時代
1964年東大文Ⅰ[2]に合格し上京する。東大時代は全共闘の新左翼系学生極左運動家であり、安東仁兵衛らが指導した構造改革派のフロント(社会主義同盟)というセクトのシンパだった。東大安田講堂の攻防では講堂の中にはおらず、救援対策や弁当の差し入れなどを行い、学生活動家仲間からは仙谷は「弁当運び」[3]と呼ばれていた。

弁護士時代
司法修習23期(同期に漆原良夫)を経て弁護士登録。 1971年から弁護士活動を開始。弁護士時代は労組事件や日本教職員組合関連の案件を扱った。麹町中学校内申書事件の弁護人も務めている。また、所属していた弁護士事務所の部下に福島瑞穂らがいる。

政界入り
1990年2月18日の第39回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧徳島県全県区から立候補し当選した。社会党が名称変更した社民党を離党し、四国市民ネットワーク代表を経て旧民主党に参加。

[PR]
by ikuohasegawa | 2010-11-20 04:50 | 繰り言 (くりごと) | Comments(2)
Commented by MINI at 2010-11-21 17:58 x
委員長も仙石総理大臣なんて呼んでいましたから、もうどいつもこいつもですね…。 昔は政治家は人間性に問題はあっても頭の良い人でないとなれない思っていました。 思慮深くなくても良いのですから私でも出来そうです。
Commented by ikuohasegawa at 2010-11-22 05:26
特に、法務大臣はオウムでも出来たようですね。

『民主党内は野党が2010年度補正予算案採決に応じることを条件に早期辞任もやむなしとの見方が強まっている』というのも、変ですね。予算云々ではなく発言が不適切だから辞任すべきだと思うのですけど・・・・。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

<< 2-341) お福分け 2-339) 工事開始 >>