憲法について様々な意見が有って当然であるし、それを主張することができるのは民主主義国の良さである。しかしながら・・・・・【ここから後は繰り返しになるし、今更ということなので省略】
どのような意図で、どのような文脈の中で用いたかは関係なく、たとえ反面教師としての例えであっても使用を回避すべきであった。
やむを得ず使用する場合には慎重の上に慎重を重ねて推敲し、誤解されないようにすべきである。少林寺拳法もポケモンも誤解を避けた。ああ、それなのに・・・・・【ここから後の展開は容易に分かるので省略】
先回の糾弾時には見つけ出すことが出来なかったが、私は2008年に書いている。温泉記号 ←
市井のオヤジに過ぎない私でさえ、そのへんは理解している。にもかかわらず・・・・・
【ここから後は自慢話になるので省略】
それとなく自慢するのは難しい。
政府自民党は頬被りをきめこもうとしている。しかし、国内は数で押し通せても国際的には無理だ。
あの発言の国際的影響を知らないという意味で、政府自民党は麻生副総理と同レベルでしかない。真意は何処にとか誤解というレベルの話ではなく、こうして話題になっていること自体でアウトなのだ。