我が街、金沢シーサイドタウンは「横浜市・金沢地先埋め立て事業」として1971年(昭和46年)に着工し、1988年に完成した。
磯子から金沢にかけては、今でも屏風ヶ浦という地名があるように旧海岸線は崖地が多かった。
そのためGoogleの航空写真を見ても、旧海岸線はすぐわかる。
富岡総合公園は崖の上だし、金沢総合高校の裏、長浜公園の西側はずーっと崖が続いている。
旧海岸線に赤いラインを入れてみました。
写真の●が我が家の辺りです。
当時、山を崩して海を埋めるのは二重の自然破壊だと反対があったそうですが、西側にあった山を宅地開発して、その山土を埋め立てに使ったのだそうです。その時の土砂運搬トンネルが今、首都高のトンネルになっている。
写真右下の大きな緑地は、皮肉なことに長く米軍施設跡だったおかげで緑地として残り、公園に整備されます。
ーの崖地はこんな感じです。
この崖の下が海だったことになる。
新旧の地図を比較できるサイトを見つけました。
新地図に旧海岸線(赤いライン)を書き込みました。
緑色の縦線は海側の工業地帯と住宅地を分離する緑地ベルト、モノレール、国道、首都高速道路のラインです。
関東地方ですが無料で見られます。